デスルームに入ったときにその姿を俺は一瞬幽霊か何かと思った。
咄嗟に確認する。足は・・・うん、あるな。
上からしたまで病的にまっしろでそれにひきつれた粗い縫い目が服どころか青白い肌まで覆い、
そして頭に大きなネジ・・・というビジュアル的な面からも生きている人間のそれとは違ったけれど
それ以上に俺の過去の亡霊が形を伴って現れたのだと真剣に思った。
傷だらけになっても大きなネジが刺さってもわかる。幽霊は俺のーーーー俺の?
幽霊を見た際の人間の反応などそうバリエーションはないであろう。
青ざめる俺に死神様はわかっているだろうに能天気な声をかけた。
「デスサイズく〜ん。見覚えあるでしょう?君の初代パートナー、シュタイン君。明日からね、ここで教師してくれることになったから」
あまり処理能力が高くないという自覚はある俺の頭が
情報を整理できずに固まった。
猫背の幽霊はゆっくりこちらを振り向いた。めがねが鈍く光を反射する。
「・・・・お久しぶりです。お元気でしたか」
忘れもしない、その声。空気を含んで甘く低くかすれる
シュタイン、お前生きていたのか。


やつの仕事ぶりは恐ろしかった。あっという間に仕事を覚え書類を作れるようになり教育指導要綱をマスターし一クラス担任を受け持つようになった
とにかく仕事の処理が速いし一度言うとやり方を覚えるので万年人手不足の職場に受け入れられた。かなり好意的に。
なにより意外だったのが子供に対する面倒見がとても良かった事だ。
わからないところがあれば放課後のこって教えてくれるし
本人が希望すれば授業で習わない高度なレベルの問題を教えてくれる。
またたく間にシュタインは人気教師になった。
解剖の授業が規定よりやや多いけれど。
採用的には講師の扱いだったがこれは来年は確実に正規職員採用だろう。
下手すると俺よりもう頼りにされているんじゃ・・・いやいやまだ負けねぇ何年勤めてると思ってるんだ。それに俺本業はデスサイズだし!ね!
そしてさらに意外だったのがシュタインが俺に対して完膚なきまでに事務的であるという事実だった。

「デスサイズさん」
「・・・・・・あー・・・その呼び方はやめろ。昔みたいでいいって」
「・・・・そうなんですか?では・・・・先輩、あの、ここの書類の提出先なんですけど」

どうやらシュタインは完全に「なかったこと」にするつもりのようだ。完全に「他人」の態度で「職場の同僚」になるつもりらしい。
昔武器と職人のパートナーだった事、5年間一緒に暮らした事、毎日手をつないで寝た事、たくさんキスをした事、
お前が俺の体に黙ってメスを入れていた事、俺がお前を捨てた事。

「それはシドに回してから死神様へだ」
「シドにはもう見せました。では死神様へ提出してきます」
「・・・俺がいこうか?お前次授業だろ?俺デスルームにどのみちいくつもりだったんだけど」
「・・・・そうですか?・・・ではすみません。お願いします」
山鳩色の昏い目が俺を見るけれどそれまでだった。視線は表面をすべって興味なさそうにそれた。
お前どうしたんだよ。先輩って何だよ。敬語なんか使っちゃって。そんなんじゃなかっただろ。俺たちそんなんじゃ。
受け取った書類は見た目より枚数があった。気が逸れていた事もあり一枚抜け落ちて取り落としそうになる
「あ、ヤベ ・・・・っ」
ぱし、とシュタインの手がそれを支える。お互いの手が触れ合う。一瞬の軽い事故、視線がぶつかる。
ぱりっ、と静電気みたいな感覚が手におこる。俺は反射で腕がぴくりとはねる。が、シュタインがそれ以上にはじかれたように手を離した。
一瞬間があった。シュタインが一歩下がる。
ごまかすようにくすんだプラチナの猫っ毛をくしゃりとひとつかみするとその手を白衣のポケットに入れる。
「それでは。俺は授業がありますので」
軽く会釈をして出席簿を手に取ると職員室からでていった。独特のかかとを引きずる歩き方は昔とおんなじだ。
14年ぶりのシュタインの波長。お互い油断した。武器と職人の関係なら触れたときに意図せず相手に波長が流れてしまう事もある。パートナーを組んでいたのならなおさら。
とても小さいけれど14年ぶりに感じたシュタインの波長。この感覚、怖いはずなのに、苦手なはずなのに、一番最初に心にひろがったのは懐かしい、という感覚だった。
忘れるなんて無理だ。俺はお前の歩き方まで覚えているのに。



「フィレンツェ?」
「うん。そこに魔剣の反応が現れた。急だけど今夜の便で向かってほしいんだよね〜 おそらくまたおおくの犠牲者が出る。」
「わかりやした。職人はどいつですか?三ツ星じゃないとまずいですよね」
「うん。だからそこにいるシュタイン君といってほしいんだよね〜」
「しゅ、シュタインとお!?」
「その反応ひどいなぁ先輩」
へらへらと笑う。にわかに緊張してきた。
「こ、こいつ俺呼びにきただけじゃなかったんスか・・・!?うそお・・・」
「俺は魔剣を倒すために呼び戻されたんですよ。先輩よろしくお願いします」
俺はよろしくしたくないという態度を取ったがシュタインの方がもっとよろしくしたくないようだった。
もうさっきまでの笑顔は社交辞令でしたというのを隠そうともせず興味がなさそうに出発の準備を整え始めた。
面倒な仕事を押し付けられたものだといわんばかりに。俺の胸にじわりと空虚な暗闇がひろがった。

久しぶりに職人と武器の関係になるのにこいつにとってはどうでもいいことなんだろうか。
14年ぶりに戦うのにうまくお互いの波長がなじむだろうか。そう心配しているのは俺だけなのか
お前にとって俺はもう研究し終えた武器の一種にすぎないんだろうか。
シュタインにとって興味が全てだ。その興味をなくされるという事は俺はそのへんのがらくたと何ら違いないということだ。
お前はこの14年間どんな武器と戦ってきたんだ?何をして生計を立てていたんだ?その肌の傷は自分で付けたのか?ねじは?
人間なんて住むところと勤めるところが変わればあとは連絡手段の番号なりアドレスなりの情報を消せば簡単に縁が切れる。簡単にもう二度と会えなくなる。
捨てたのは俺だ。許せなかった。
俺はいつの間にかデスサイズになって地位も名誉も妻も子供も一度に手に入れた。
お前は俺なんかよりずっと才能があって将来を期待されていたのにその後何も評判を聞かない。ほとんど行方不明のようなものだった。
降り積もった14年分の空白はこいつに薄笑いとやわらかい物腰を覚えさせていた。
諦念から構成された上っ面はやさしくやわらかく薄ら寒い。
この隔たりを飛び越えるには俺たちにはもつれた事情がありすぎる。



不安はすべてフィレンツェの教会ではじきとばされた。

14年ぶりの共鳴はたまらなく気持ちよかった。
持ちかたまわし方何もかもしっくりくる。
それに大きくなって安定した。体も魂も。
何も衰えていないし何も損なわれていなかった。ブランクなんてなかったように
俺たちは最初からずっとこうだったかのように危うく錯覚しかけた。


戦いが終わってから娘はずっと泣いていた。おのれ俺のかわいい娘を泣かせるとはどういう了見だあの魔女絶対シメる。
それに俺はこのソウルとかいうガキがもともと気に入らない。無駄にスカして世の中を斜めに見ている自分に酔ってやがる。こういう年頃にはよくいるパターンだ。
今回はまあ気の毒だとは思うがこれに懲りてマカを危険な場所にほいほい連れて行かないようにしてほしい。(マカが無理矢理つきあわせたらしいがそんな事は知らん。こいつがわるい。)
男のパートナーなんてパパは最初から反対だったんだぞ。
なのにソウルソウルそれにシュタインにソウルの容態はどうなのかずっときいてるしあげくの果てに「博士みたいに強くなりたい」って
俺の功績半分くらいあると思うよ!もうすこしパパの事かっこいいとおもってくれたっていいとおもうよ!



医療搬送用の小型飛行機のなかでソウルの応急処置をすませたシュタインを見やる。 娘は泣きつかれて無意識に眠ってしまったようだ。怖かったんだね。かわいそうに。
「なあ、シュタイン お前背中刺されただろ。それにここ・・・」
「ああ大丈夫ですお気遣いなく」
頭に巻いた包帯に触れようとした手を振り払われた。
びきっ、と何かがひび割れた音が頭でした。行き場をなくした手が空中にただよう。 ブランクなんてないと感じた俺が浅はかだったのか。
この耐えがたい空白はどうやったら埋まるんだ。

「なあ、共鳴しないか?」

シュタインが一瞬驚いたような顔をしたあと眉をひそめた。
「共鳴すれば魂糸縫合が使える。お前の傷を縫え。それに職人の傷の治りが早くなる・・・な、いいだろ?」
それに感情が流れ込む。はっきりとはわからないがなんとなくなら伝わる。
俺たちのこの複雑な状況はうまく言葉じゃ乗り越えられない。俺はそんなに頭がよくないんだ。

まだ乗り気でないシュタインの手を無理矢理つなぐ。ゆるく共鳴が始まる。 俺の気持ちは伝わるだろうか。お前の事は怖いよ。何考えてるか全然わからないよ。
でも昔みたいになにも考えずに手をつないでわらいあいたいと思う事はそんなに悪い事か?

共鳴してもシュタインの心は全く流れ込んでこなかった。ただただ空虚な闇がひろがるばかりだった。
緩慢に滅びゆく荒野のふちで三つ目の深淵がこちらを覗き込んでいた。
こいつは幽霊だ。影がはんぶん亡いんだ。どこかに心を置いてきてしまったんだ。






14年ぶりの先輩との共鳴はたまらないものがあった。
持ちかたまわし方何もかもしっくりくる。
それに大きくなって安定した。体も魂も。
黒曜色のぬらりとした刀身は死の神に愛されて不吉に濡れ輝いていた。
この14年間どれほどの血を浴び啜ってきたのか、凶悪なまでの攻撃力はこの程度の敵に使うには惜しいと感じた。
今すぐ解体して内蔵を引きずり出し食らいたい。もちろん生きたままだ。どこまで内蔵が損なわれればこの人は死ぬんだろう。
食べたら血を抜いて綺麗に閉じて剥製にしたい。目はくりぬいてホルマリン漬けにして代わりに翡翠を入れよう。それはさぞかし美しい人形になるに違いない。



先輩が子供を身籠らせたあげく結婚すると聞いたときは 正直失望した。
職人としての腕は良かったし頭の回転は速い女だと思っていたのに
結局先輩を俺から引きはがして拘束するためにそんな原始的な方法を使ってくるなんて。
せいぜい続いて5年だろうと思ったのに14年も離婚しなかったその根性だけは褒めてやろう。
本当に浮気をしていなかったのは最初の2、3年ではないだろうか。子供が小さかろうが一人に決められる訳がない。そういう人だ。
もしかしたら畏れたのかもしれない。別れたらスピリットは昔のパートナーの元に戻ってしまうかもしれないと。
そんなつまらない意地で14年も人生を無駄にするなんて女の考えている事はよくわからない。まったく合理的ではない。

いくつかの研究成果による特許印税生活にも飽きてきた事だし
手間空きに気まぐれで引き受けたこの仕事だがデスサイズという臨時パートナーがついてきたのは幸運だった。
俺は一定の距離を置いて「スピリット=アルバーン」にとうの昔に興味を失ったふりをした。あくまで紳士的で、社交的で、有能な同僚。
誰にでもやさしい人気教師。悪くないね、最高に滑稽だ。
思った通りアンタは揺れ始めた。昔の俺とは違うと勝手に解釈した。過去にやられた事を許し始めている。そして自分の行った仕打ちを悔いている。
「デスサイズさん」だなんて自分で呼んでおいて吹き出しかけた。それに手を振り払ったときのあの顔!たまらなくゾクゾクした。
揺れるセージグリーンの瞳が埋まらない距離にもどかしげにまたたいていた
もう少しで獲物は向こうからやってくる。
今度はしくじらない。綿密に追いつめて拘束して絶対に逃がさない。もう二度と他人の手に渡すものか。アンタは俺のものだ。


「あのな、シュタイン・・・」
「どうしたんですか?先輩」

手術で集中したあとに吸う煙草は格別だった。誰のものであれ内蔵を見たあとは気分が高揚する。
白い壁に黒のスーツはコントラストが際立つ。足も腰も細いなぁ。
視線が右往左往して落ち着かない。照れが邪魔して言い出せず腕を何度も組み替える。 壁にもたれかかりさも今思いつきましたというふうに先輩は切り出した。

「その、手術、ありがとな。ホラ・・・ウチの娘のパートナーだし。何かあったら、あれだ、マカ泣くし」
「失血性のショック症状が出なかったのは幸いでしたね。黒血の事はありますが処置としては問題ないでしょう」
「ん。よくわかんねーけど、助かった。
・・・その、メシでも食いにいかねぇ?おごるよ」
「 え、そんなのわるいですよ。遠慮します」
「や、いーんだいーんだ気にすんな。ウチの娘の礼だからさ。・・・そ、それに、俺たちのパートナーの復活もかねて・・臨時だけど・・・」

最後の方は小声になってしまって何を言っているのかよくわからなくなった。
恥ずかしいのか先輩はとうとう目をそらして廊下の下の方に視線をやった。
俺は口元が引き攣れて歪むのを煙草を吸うふりをして隠した。右目の下がぴくぴくと痙攣した。
それは俺がここに来てはじめて心から出た笑顔だったと言えるだろう。端から見たらとんでもなく邪悪だけれど。

獲物は自ら近づいてきている。もう逃がさないよ、スピリット。





2009/01/06 ZERA