※性描写があるので18歳未満の人はみちゃだめです 気がついたら先輩は息をしていなかった。 俺ははっとなってその左手に掴んだ先輩の頭を離した。でも先輩はぐったりとして動かなかった。 左手に赤い髪の毛が数本抜けてまとわりついていた。途端左手は震えだす。 「先輩!先輩!!嘘だろ!?」 肩を掴んで先輩を抱きかかえる。俺は息を呑んだ。先輩の頭はバスタブの湯の中に沈んでいた。 激しく抵抗した名残かタイル張りの床はすでに水浸しだ。 スーツが水を吸い込んで重い。まとわりつく黒い布の合間に赤い髪の毛が揺れる。 「スピリットダメだ・・・!死なないで・・・!!お願い死なないで・・・・!!」 いっしょに転げ落ちるように先輩をバスタブから引きずり出し急いであごを上げ気道を確保した。そこから人工呼吸。3回、4回。 「・・・・・・・・・・・・ッがっ!!!・・・・・・・・・っぜっ!はっ・・・・げほっ・・・・」 「スピリット!!スピリット大丈夫?」 肩で大きく息をする。歯がかみ合わず震えていた。唇が真っ青だ。 俺も先輩も気が動転していた。その赤毛から絶え間なく水が滴るときから一滴、二滴になり水が落ちてこなくなるまで俺たちは二人で震えていることしか出来なかった。
「せーんぱい、一緒にお風呂はいろ?」 「・・・・・やだ・・・・」 いかにも嫌そうに先輩は眉をひそめて気だるげに食後のテーブルにしなだれた。 スーツがよれて皺になっている。いつもの女の子の店に行ったのか女もののどぎつい香水と化粧粉のにおいがする。俺のところに来たということは今日はアフターはダメだったんだろう。 俺は先輩の第二希望であるがその地位まで上り詰めたことに満足を覚えていた。前頭葉ではね。 半年前までこの研究所に先輩のほうからやってくるなんて考えられない天変地異の一種のようなものだったのに。 酒に酔って翡翠色の目が眠たげに半分閉じている。唇は濡れて半開きだった。 こういうときの先輩はいつもより余計に隙が多い。襲ってもいいのかなぁ。週末のこの時間に来るということは襲ってくださいってことだよね?挙句シュタイン煙草くれよ、とかいってさっきからだるそうに紫煙を燻らせている。俺に煙草を教えたのは先輩だ 。学生のとき男はタバコ吸ってたほうがもてるんだよとか幼稚な理論で吸っていて好奇心でもらって結局俺も吸い始めた。思春 期のときの悪いことをしている年上というのはどうしてああ魅力的に見えるものなのであろうか。 なのに子供が出来てから先輩はあっさりやめた。子供の体に悪いからとかいって。俺に勧めたときは子供だったくせに。まあ彼の吸い始めた目的は子孫を残すためにが動機だったんだから目標を達成できたのでそれでいいんだろう。結局俺だけが喫煙者側に取り残された。 俺は先輩の煙草を吸う仕草が今も昔も好きなんだよ。 旧式のラジオの電波が悪くざあざあとノイズがまじる。時々甲高い悲鳴みたいな音もする。 鬼神が復活してから世界の殺人事件の件数が跳ね上がった。悪人が感応している。悪いニュースばかりが流れる。それを遮断するようにノイズが入る。思考がうまくまとまらない。偏頭痛が最近ひどい。 「なーこの家なんでテレビねーの?買おうっていってんじゃん・・・」 「俺には必要ありません。俺がマスコミ嫌いって知ってるでしょう?衆愚政治の片棒担いで何が楽しいんです?」 「んー・・・そうなんだろーけどお・・・ くらいぜこの家。気が滅入る」 「マリーと同じ事いいますね」 「そういやマリーちゃんどうしたの?俺マリーちゃんに会いたいよ・・・・」 「週末くらい自由にさせてあげますよ。ここにいても俺といると仕事みたいなもんだし気が休まらないでしょう。梓のところに行くとかいってました。」 「えー・・・・ なーシュタイン楽しいことねーの?」 「じゃあセックスしましょうか」 「とっとと終わらせろよ。だるいから。俺はねむいんだよぉ」 酒に酔った先輩はもとより無い発言の配慮がさらに無くなる。 いつもはシャワーで済ませるがバスタブに湯を張ることにする。つい最近まであまりに放置しすぎてカビの帝国と化していた我がバスタブは優秀なデスサイズマリー・ミョルニルの驚くべき家事能力により息を吹き返した。曰く女の子は風呂に入れないと死ぬらしい。よくわからない。面倒な生き物だという感想しか湧かない。風呂だけに。 シャワーカーテンをめくって興味深げに湯を張るバスタブを先輩は見る。 「あ、これミシカのシャンプーじゃん。しかも秋限定フレーバー。さすがマリーちゃんだ。センスがいい」 マリーが勝手に置いている水周りのなにやらを先輩は勝手に検分し始める。俺は洗面所あたりにも増えたその辺のボトルに入った液体が鬱陶しくてしょうがないのだが先輩はなにやらそのボトルが価値あるものであることを見抜いた。さすがそのあたりに関し ては抜け目が無い。贈り物には好適品なのだろう。後に残るものより高級な消耗品のほうが贈られたほうも気が楽だし万一好みじ ゃなくても困らないということはこの人から教えてもらったんだっけ?俺には実に無用な知識だ。でも先輩のいったことなら忘れないよ。 湯気が立ち上る。めがねが曇ってきた。 「おめーさ、ガチでマリーと結婚考えてみたら?気が回ってるしオメーの変人ぶりに振り回されない器がある。マジでいいんじゃねぇ?うまく行く気がしてきた。」 「興味ないです」 「またまたぁー。一回やってみるといいんじゃね?たいがい同棲うまくいけば問題ないっしょ。つか一緒に住んでたらそういう雰囲気なったりしねぇ?」 「先輩」 思ったより苛立った声が出てしまい自分でもやや驚いた。先輩はびく、と肩を震わせてから一瞬間をおいてにこりと笑った。そんなおこんなよー。オトナゲないなー。それとも結構図星ってやつ? 「先輩服脱がないの」 バスタブの湯が溢れそうになっていた。俺はめがねを外した。 先輩はタイルの壁に肩を持たれかけて眠そうな目を一度閉じて息をつき、それから小悪魔的に笑った。女の子を口説く時の顔だ。俺の首に腕を回して来る。同じ煙草のにおい。先輩はキスではなく俺の上唇と下唇をちろりと舐めた。 「お前が脱がせてくれよ」 この人はなんなんだ。やりたくない雰囲気をだしておきながら自分から誘ってくるしセックスする直前に他の女との結婚を勧めてくるし(しかも自分はその結婚に失敗してるじゃないか!)他の女と遊んだ直後に俺のところに来るし何なんだ。何がやりたいん だ。どうしたいんだ。俺をどうしたいんだ。俺とどうなりたいんだ。俺が女がだめなの知ってるだろう。あの女が原因だ。それも 薄々感づいてるんじゃなかったのか。同じ煙草のにおいがする。もう面倒になってきてるんじゃないか。目が綺麗だ。マリーに俺 を押し付けたいのか。柔らかい唇の感触。もう俺と関わるのが面倒もう何なんだよこの人 視界の端に虹色をした三つ目の蟲が走った。 そこから先は覚えていない。 「・・・・・・・・・・せんぱい・・・・せんぱい、その、おれ」 「・・・・げほっ あー、悪ィ俺酔ってた」 「・・・・・・・・・・・・・はい?」 「すべってバスタブ突っ込んだんだろ?よっぱらいはだめだねー。わりいー。死ぬかと思ったわ」 俺は先輩を抱きしめた。 「・・・・・・・・しゅたいん、ぐるしい」 「先輩ごめんなさい。すきです。あいしてます」 「・・・・・・ぎもちわりいこというなって・・・はなせ」 「すきです」 「・・・・・はなせ・・・・」 「すきです」 先輩が別の理由でむせるまで抱きしめて別の理由で酸欠になるまでキスをした。 俺はこの人の優しさに幾度となく救われて幾度となく追い詰められる。 「ドライヤー・・・あったかな・・・ タオルと服出してきますんで今日は帰ってください・・・・。すみませんでした」 俺が沈められたかのように足元がおぼつかない。白衣からぼたぼたと床に水が滴り落ちたが気にしないことにする。 マリーに変えられたタオルのしまい場所を思い出そうと頭を検索する。だめだ・・・最近とみに記憶力が落ち・・・ 「え?何で?セックスしねーの?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」 「週末のこの時間に来るってことはそういうことだろーが。察しろよ。」 ・・・・・・・・いやいやいやいやそういうことじゃなくて、今しがたバスタブに沈めて殺されかけた人間が殺しかけた人間に向かって何を言ってるんだ?俺もたいがい正気じゃないがこの人も時々正気を疑う発言をする。 先輩はくしゅん、と小さくくしゃみをして(この人は三十路の子持ちにしては異常にくしゃみの仕方がかわいい)冷えた、さみい 、といって勝手に服を脱ぎ散らかして風呂に入ってしまった。さめていたのか湯を足し始める。 「なーシュタイン、お前も入れよ」 いつもは狭いとかお前と入るとか最悪とか体さわるなとかうるさいくせに。ずるいよ先輩は。 男二人が無理矢理バスタブに入るとアルキメデスの原理で湯が半分くらい流れ出てしまう。 俺は先輩に背中から腕と足をまわされて抱きかかえられるみたいになっていた。先輩が俺の肩甲骨に歯を立てた。濡れた赤毛を首の後ろあたりに感じてくすぐったい。シャワージェルを絡ませた手が俺の背中や腕を撫でて泡を立てた。バスタブに泡が浮いて乳 白色ににごる。ココナッツの香りだった。ずいぶん前からマリーが置いていたやつなのに俺は今気づいた。何か合成香料のにおい がするなとは思っていたが何かまではわからなかったからだ。先輩といると鈍っていたいろいろな感覚が鋭敏になる。いろいろな ものを取り戻せる。 手は徐々に俺の下肢に伸びる。臨戦態勢とはいいがたいそこをやんわりと長い指が包む。今日はやめときましょうよ、と言おうとしたけれど体が密着しているので先輩が思いっきり反応しているのが背中にあたってわかってしまう。どうしよう。男同士という のはどうにもごまかしが効かないな、これも言ったのは先輩だったっけ?背骨に沿ってキスされる。 ゆるゆるとさわられて反応する。先輩のいいところは全部知ってるけど先輩もたいがい俺のことを知っている。 先輩のほうに向き直る。その動作でまた湯がだいぶあふれた。 意外だった。先輩は泣きそうな顔をしていた。 「おれはおまえがうれしいとおもうことがこれしかできないんだ。これ以外わかんねえんだ。ほら俺ばかだからさ・・・」 そのとき何もかも合点がいった。つながった。 今日無理にでも積極的になろうとすることもあれだけおんなのこが好きなこの人が週末わざわざ途中で切り上げてうちへ来たこともマリーとの結婚を勧めてきたことも。 この人の行動理由は最初から一貫していたのだ。 なのに俺は気づけなかった。普段は考えなくてもわかることなのに、言葉の足りないこのひとからその足りない分をすくいあげるのは俺の得意分野だったはずなのに。それどころか間違えた方向に解釈して酷いことをしてしまった。よく考えれば沈められたと き刃を出して抵抗すればあそこまでならなかったはずなのに。 俺はたまらなくなってしまって指を突き立てた。あっというまに二本入ってその二本を中で広げる。先輩が眉根を寄せて切なげに息を吐いた。のぼせた上に恥ずかしさでいつもよりさらに赤い。 かなり性急に入れた。 「ま、まてもうちょっとゆっくり」 かまわず先輩の腰を掴んで落としたので先輩が悲鳴を上げた。湯につかっているせいか筋肉が弛緩してはいりやすい。 「・・・・・ふ、・・・ぁ・・いた・・・ぁ゛」 「せんぱい動いてくださいよ。俺この体勢だと動けないんで」 「てめ・・・・っ・・・ぅ・・・・」 ばかしねきちくめがねと一通り罵られたがイヤだとは一度も言われなかった。 どうにか境目がなじんだあたりから先輩がおそるおそる動き出す 「・・・・ぅ」 「せんぱいどうしたの」 「・・・・・はずかしい・・・なんか、ゆれるし、ひびくし、はいるし・・・」 主語が無いが多分水面が揺れるのと声が響くのと中に湯が入るのが恥ずかしい、だろう。(だいぶ調子が戻ってきた) 「うん。スピリットのなかすごいひくひく締め付けててやらしい・・・・・」 わざと煽ったら先輩は真っ赤になった。その真っ赤になった耳を舌でなぞって口に含む。俺の二の腕を掴んだ先輩の手の爪がくいこむ。耳に意識がいったところで震えるばかりのふとももを抱え込んで一気に上下に動かした。不意打ちだったので先輩は大きく 声を上げてしまった。ものすごくバスルームに響いた。水面が大きく波打つ。先輩が俺の首と肩のさかいめ辺りに噛み付いた。声をこらえたいみたいだった。でも理性が飛んですぐそれも出来なくなってしまった。 「スピリット」 「・・・・っ?・・・ふ・・・」 「僕のこと嫌いじゃないっていって・・・・。面倒じゃないって・・・・嘘でいいから・・・」 「・・・・・・・・・」 何を口走っているんだともう一人の俺が非難した。相手が正気じゃないときにしかこういうことをきけない俺は卑怯だ。 もうきもちいい上にのぼせてわけがわからなくなっているはずなのに先輩はそのとき驚くほどまっすぐ俺を見た。 次の日鏡を見たら思い切り肩口に歯型が残っていた。 俺が縛りあとつけたらおこるくせに自分だってやってるじゃん・・・・。まあ故意か過失かだけど。 この跡をなぞれば昨日言われたことが思い出せる。この傷跡が俺を現実につなぎとめる。 かさぶたを剥いだ。ふたたび血が溢れてきた。治らなければいい。この痛みが生きている証拠になる。 強欲と痛みを糧にこの地面に踏みとどまる。重力が俺を捕らえてくれますよう。 2009/01/17 ZERA シュタインの口調、一人称・二人称がぜんぜん安定していないのはわざとです。先輩のほうが精神的にはだんぜん男前。 |