昔の話をしよう。歳をとると昔のことばかり思い出してしまうな。
あれはパートナーを解消する半年前の話しだ。人生の春が終わりを告げて初夏に差しかかろうかというころ。
夢だの希望だの将来の目標なんがのが薄汚れた現実に癒着し、大人になれば何でもできると思っていたけど実はそうでもないということに皆が気づき始めた時期だ。
あのころのシュタインはいまよりもっと自信家で、尊大で、傲慢で、人の痛みを知らず、挫折を知らず、思い上がりから来る力に満ち溢れていて、要するに奴の人生の中で一番性格の悪い時期だった。そして見てくれは一番美しい時期だった。

色素が全部抜けた銀色の髪と真っ白な肌、端整で鋭利な氷のような顔立ちに華奢な骨格、背丈が一気に伸びて顔の丸みが消え、眼の色は夜の猫みたいに角度によって色が変わった。
声変わりした囁くような低音におんなのこたちはきゃあきゃあいっていた。ただ本人の気難しさは皆が知っていたから遠巻きに騒ぐだけだ。特に上級生の女の先輩に人気があった。悔しいから一回も教えてやんなかったけど。
そんなやつが鴉色の大鎌を持って血まみれで帰ってきたりするものだからついたあだ名は銀色の死神。
当然同級生からの風当たりは強かった。俺は世間と折り合いのつけられない銀色の死神のフォローをしたり、奴のやらかしたことの後始末をしたり、パートナーといえば聞こえはいいがようするにシュタイン専用苦情相談窓口だった。






シュタインは在学中に二つ星の称号を得た。(これはまだ最年少として記録に残っている)星が増えると図書館の読める本が増えたり、普段生徒は入れない地下の方面に入れるようになったり普通の生徒では扱えない薬品の使用許可が下りたり列車の席が同じ値段で上等クラスに優遇されたりまあいろいろだ。
政情不安で入国規制がかかっている国の30%にも入れるようになったりする。
カンのいいやつは使いどころをうまくすればいくらでも悪用が効く類のものばかり。
ひとつ余分についた星はシュタインの傲慢さに拍車をかけた。ますます彼の態度は尊大になりますますクラスからは孤立した。


俺は、というと焦っていた。
収集した魂が80を越えたあたりから明らかに収集のペースが落ちたからだ。この3ヶ月でたったの2つだ。
シュタインは借りれるようになった図書館の上級の本を片っ端から借りて読みふけっている。実質俺はこの3ヶ月間放置といって過言ではない。はじめは二つ星へのランクアップを喜び、女の子とデートできる隙を与えられたのを喜んでいた俺だが花の盛りが過ぎ初夏が訪れ暦がユリウスに入ったあたりから不安を感じ始めた。もしかしてこのままにされたらどうしよう。デスサイズになれないとしたら俺は将来なんになるんだ?デスサイズは誰でもなれるものではない。 見切りを早々につけた連中の口から進学とか就職とかいう言葉が飛び交う時期だった。


「・・・・・・・なあシュタイン・・・・あのな、」
「・・・・・・・・・・・・」
「無視すんなって・・・・・あのな、」
「少し黙っててもらえる?今僕本読んでるでしょ?」
「・・・・ぅ・・・・・・・・」
しばらく沈黙があった。俺はかじりかけだったカスタードシューの続きをほおばり(2つずつだったのに1つシュタインにとられた)カップに残っていた紅茶を啜る。
「で、なに?」
一章読み終えたのかシュタインが銀細工の栞を挟んで俺を睨みつける。少し胃のあたりがきゅうとなる。
「そ、その本おもしろいのかなーなんて・・・」
あああ聞きたいのはそういうことじゃない。
「別に」
「な、なんか難しそうだよな、外国語だし、イタリア語?」
「ドイツ語」
そんなつまらないことのために僕の読書を中断したのかとでも言いたげだった。
これ以上機嫌を損ねる前に意を決して切り出すことにする。ビビることはない。なんせ俺はこいつのパートナーだからな
「・・・・魂収集はさいきんどうなってるんだ?84でずっと止まってるよな?」
「・・・・・・・・・・・そうだっけ?」
シュタインは早朝の氷のように薄く微笑んで砂糖とミルクを大量に入れた紅茶に口をつける。
「そうだよ。俺たち前からデスサイズをつくる本命っていわれてるのに途中でさぼって数足りませんでしたじゃお笑い草だぜ」
「足りないなら足りないでいいじゃない・・・。外野がなんと言おうと気にすることなんかないよ。」
「や、俺は結構デスサイズ、なりたい、かもなんだ。つか俺一人じゃそんなたいそれたこと思わなかったけど、お前とならできると思ったんだ。デスサイズをつくった職人は一生の名声が約束されるし」
「興味ないなァ・・・・。デスサイズなんて殺戮の副産物。哀れで卑俗な願望だ。」
「みんなそれを一生懸命目指してるんだ。お前は手の届くところにいるのにそういう態度とるからクラスの連中に・・・」
「力のない犬ほど吠えるものだよ。非才にわめく凡人共は放っておきな」
シュタインの機嫌がどんどん悪くなるのが目に見えてわかった。そろそろ手に持ったその分厚い本で殴られるかもしれない。
「そんなに死神の武器になりたいわけ?僕じゃ不満って事?」
「・・・・・・・・そういうわけじゃないけど・・・・」

そのはなしはそれで打ち切りだった。

シュタインは部屋にこもって夕飯にも出てこなかった。
俺はため息をついてシュタインのぶんのクレソンサラダにラップをかけた。


「どしたのスピリットく〜ん?げーんきないじゃーん?」
「死神さま・・・・」
死武専の正面入り口前の広場だったが珍しく鏡の外に出てきていた。
たまに天気がいいと死神さまはきまぐれをおこし生徒たちとふれあいに来る。
死神さまは人気があるのでひととおり下級クラスのこに群がられ大きな手にぶら下がられたり話をしたりと朗らかに遊んでいた。
とても死を司るこの世界の支配者には見えない。それが目を離した隙に突然階段にすわっていた自分の横にいるものだからちょっとびっくりしてしまった。死神さまの移動手段は謎だ。
「あ、いや、なんでもないっす」
「シュタインくんいっしょじゃないの〜?」
「・・・・・・最近は別行動が多いんで・・・・・・」
「前はしょっちゅう魂もって私のところに来てたけど最近来ないからど〜しちゃったのかな〜ってねー」
「・・・・・・・なんかアイツやる気ないみたいっス。はは」
「・・・・・・・どゆこと〜?君たちはデスサイズ認定試験一番乗りだと思ってたんだけど」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」





風呂上りに台所の洗い物をしてごみを捨て、そういえば明日の占星学の宿題の星図表書いてなかったな、やべぇと いまからやるか明日の朝早起きしてやるか(これは絶対妄想だけで起きれたためしはない。つまりやらないということだ)煩悶していたところに
いままで風呂に入っていたシュタインが早足で近づいてきた
おれがシュタインに星図はやったか聞こうと口を開いたその瞬間ばちん、と無言で頬を叩かれた。
「お前死神に告げ口したな。僕が魂を集めてないって!」
鏡で死神様とコンタクトをとったのだろう。そして死神様に何か言われたに違いない。こんなにはやく対策をとってくれるとは思わなかった。死神様には頭が上がらない。しかし今のシュタインには逆効果だったようだ。
「武器のくせに職人の意向に口出しするな!僕が決める事だ!」
殴られて鼻血が出た。喉の奥が鉄錆の匂いでつんとする。視界がぼやけてきた。
「だ、だっておまえさいきん本ばっかり読んで、ぜんぜん、おれと」
「黙れ!」
もう一発殴られて言い返す気力が折られる。最近のこいつは俺より力が強くなって以前のように制御が利かなくなってきていた。
俺が泣いたのが気に入らないらしく舌打ちして睨み付けてくる。
「自分の立場をわきまえろ。一人じゃ何も出来ないくせに。・・・・わかったら二度と僕のやり方に口出しするな。」


手をつないでいっしょに寝るのは俺が始めた恒例だった。
シュタインはすぐ実験や本に夢中になって昼夜逆転するので最初は正しい生活習慣を身につけさせるために無理矢理ベッドにひきずりこんだのが始まりだった。それが今はシュタインの意思で継続されている。
俺がもういい年してこういうことするのはやめようといっているのに。特にこういうケンカした夜は気まずい。
シュタインの腕はがっちり俺を拘束していた。

今だからもう隠すこともないし正直に話そう。俺はこのとき少しばかりシュタインに疲れていた。
日増しに強まる束縛と暴力、クラスメイトとの不和、原因のわからない腹の傷や慢性的な貧血のこともある。
世界が狭くなっていくような気がした。きまぐれなこいつに自分の将来をすべて握られているというのも怖かった。
ただ当時の俺はその退廃的な感情の名前を知らなかった。





久しぶりに悪人の魂を狩った。真夏の夜のことだ。
あれはザルツブルクの郊外だったと思うが街で現場を押さえてから追ったが森の中に逃げ込まれ
土地勘のない闇から狙われることになり一時はどうなることかとひやひやしたがなんとか回収にいたった。
てこずらされたことが気に食わないのかシュタインはそいつに致命傷を与えずに動けないように手足を折って失血死するまで眺めていた。
いくら相手が人殺しだからって何をしてもいいわけじゃないだろうに。俺はシュタインのそういうところがとても苦手だ。
暗闇から狙われた右腕が紅く染まっていた。俺は気が気じゃなく平気だと言い張るシュタインにほぼ無理矢理応急措置をする。幸い傷は浅く心臓に近いところの腕を抑えて締めれば出血は収まった。自分がもう少しはやく気づいていれば・・・・。無力感に歯噛みする。本当に武器は一人では何も出来ない。
俺が魂を食べるのをシュタインは無表情でじっとみていた。
「・・・・んだよ。そんなめずらしいもんじゃねぇだろ」
「それはやはりふつうに消化器官に収められているの?この前見たときは見当たらなかったんだけど」
「・・・・・この前見た・・・・?」
俺の疑問をシュタインは綺麗に無視した。ねえみて。はくちょう座のデネブだよ。行こう。
空を見上げると枝葉に切り抜かれた天鵞絨の空に銀白色の天の川がいちめんこぼれていた。燐灰石か菫青石か色とりどりにまたたく。背の高い針葉樹たちがはやく出て行けとさあさあ枝葉を打ち鳴らす。
夜風の悲鳴じみた声が頭上を通り過ぎた。どこか遠くで獣の鳴く声がした。
俺の手を引いて走るシュタインは星の光で銀色にひかっているようにみえた。
あたりがひらけて草原になった。りいりいと鈴虫の声が一面に洪水。
遠くにザルツブルグの水銀灯の明かりが見える。小高い丘の上で銀の子はわらう。

「あれが白鳥座のデネブ、あれがアルタイル、こと座のベガをむすべば夏の大三角」
「ほえー・・・・でけえなあ」
「あれが蠍(さそり)座、あれが射手座・・・・射手座は蠍の心臓を狙う・・・・」
「お前なんでそんなこと知ってんだよ」
シュタインは鼻白む。
「スピリットは何の勉強をしてるの?天の十二宮と陰暦、月の満ち欠けから悪人の魂の動きを割り出すのは上級魂学と応用占星学の基本公式でしょう?現に満月の夜は犯罪率が・・・・・・」
「あーあーもういい、頭痛くなる。俺が悪かった。そうだな大事だな」
「またそうやって逃げる」
シュタインが不服そうに唇を尖らして俺に蹴りを入れる。むかつくので俺もやり返そうとするとわらって逃げられる。俺も追いかける。けっきょくじゃれあってもつれているうちに青いにおいのする草むらに二人してころがりこんだ。視界一面に天の川。
ふたりしていたずらを分かち合ったかのように手をつないでくすくすわらう。夜風がまた悲鳴を上げて頭上を走り抜ける。

「・・・・・・・・・・ねえ・・・・・・・・デスサイズ、なりたい?」
唐突過ぎて最初なんなのかわからなかった。一呼吸置いて理解し俺はためらった。
「スピリットは死神のものになるの・・・・?そうしたら僕はどうしたらいい・・・・」
俺の夢をこころよく思っていないのはわかる。何故なのかはわからないが。死神様がきらいなのか・・・?まさかな。
シュタインが俺の頬にもう片方の手を沿えまつげの先を意図を持ってさわる。俺は素直に目を閉じる。まぶたの上から俺の眼球を大事なものみたいになぞる。
「別にデスサイズになったからってお前と一生組まなくなるわけじゃねぇだろ。死神様が直に戦うなんてそうそうないだろうし」
現に今の死神様直属のデスサイズの武器形態を俺たちは見たことがない。
「それよりも俺は強くなりたいんだ。デスサイズになれば強くなれる。何でも切れるし強度も段違いだ。
今日みたいにお前にケガさせたら俺は心臓がつぶれそうになる。」
「心臓がつぶれたら死ぬよ」
「うん死ぬ。だからケガさせたくない。」
まつげをさわっていた手が鼻筋をとおって今度は唇に。俺は目を開ける。蛍石のひかりが映りこんでいる。
「スピリットの心臓の色は綺麗・・・・つぶれちゃやだよ」
「じゃあ強くなりたい。デスサイズに、なりたい。・・・・・お前にふさわしいパートナーに」
シュタインは俺から手を離した。天蓋を指差しなぞる。指し示した先は紅の反火星アンタレス。蠍の心臓。
「蠍は夏の夜空の王者・・・・。蠍が暴れないように射手座は心臓を狙うんだ。
スピリットはいつだって僕の心臓を狙ってくれる。規律と規範を是正する基準を指し示す僕の背徳の原動。」
シュタインの言うことはときどき良くわからない。というかぜんぜんわからない。
鈴虫の音が不意にやんだ

「わかった。僕がスピリットをデスサイズにしてあげる。」
「・・・・・・・・・・ほ、ほんとか!?」
「ほんとだよ。せっかくの芸術作品を手放すのは惜しいけど・・・
僕はスピリットの職人だからスピリットの夢をかなえてあげるのが使命だよね」


俺はうれしくなってつないだ手を強く握った。シュタインが薄く笑って俺の髪に指を絡ませてくる。
まつげが真っ白で星が眼に写りこんできらきらしていた。触れるだけのキスをしたらシュタインはちょっと驚いて眼をぱちぱちさせた。はくちょう座のデネブがきらきら輝いていた。
なんだかんだでけんかもするけど二人一緒になれば無敵だと思っていた。
この天蓋をひっくり返して世界に天の川をぶちまけることだってできる。
怖いものなんて何にもない。二人ならなんだって出来ると無邪気に信じていた。



この半年後、俺たちはパートナーを解消する。






2009/03/17 ZERA
ウラノメトリアっていうのはドイツの星図書の名前です。バイエル星図ともいうのかな?
星座のはなしだからなんだけど職人の星の数ともかけてます。
少年時代の二人ってなんかファンタジー色が強いイメージがあるので意図的にメルヘンな言葉をいっぱい使ったら恥ずかしさ5割り増し。